ラジオ体操制定90周年記念コンクール

フォト・エッセイ等コンクール

昨年全国ラジオ体操連盟で募集されました、ラジオ体操制定90周年記念として「フォト・エッセイ等コンクール」に大阪城ラジオ体操会に参加されている綿谷 晃一様が、見事に佳作として選ばれました。
ここにその作品を紹介したいと思います。
誠におめでとうございます。

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佳作 「父の遺言」

綿谷 晃一 様

「ラジオ体操は健康に大変よいから、お前も是非参加しなさい」。

 私がまだ若い頃、父は会う度に言っていた。その頃まだ子供も小さく、仕事も忙しくってどうしても夜は遅くなり、朝は一分間でも長く寝ていたく、早起きして大阪城へ行くなんて、とても考えられなかった。

 あれから子供達も成長して、三番目の長男があと一年で卒業という頃に妻が発病した。腎不全、人工透析なんて、考えもしなかったし、知識も無かった。夫婦二人で頑張った二十五年にも及ぶ闘病生活、妻もよく頑張りましたが、二年余り前に遺ってしまった。暫くは思い出す度に涙があふれ、人間てこんなに涙が出るものか、と我ながら呆れる程だった。

 悲しくて寂しい毎日だったが、いつまでも沈んでいてもいけない。前を向いていかねばと思っていた頃、ラジオ体操に出会った。

 ラジオ体操なんて小学生の頃以来だったし、初めて大阪城公園で目にした体操は、私の記憶にある体操とは随分と違っていた。それでも大勢の人達が、朝早くから伸び伸びと楽しそうに体操している有様に、私も挑戦してみようか、との思いが沸いてきた。でも、いざやってみると思っていた以上にむずかしく、一寸気恥かしい思いもあった。とても私には無理と思った事もあった。でも、むずかしく考えず、自分に出来る事だけを伸び伸びとやればいい、と思うと気持も楽になり、一生懸命取り組んできた。

 最近、百五十回の参加を果たし、身体を思いきり動かす事が、こんなに楽しい事か、と分かってきた。この頃は毎朝お仏壇に手を合わせながら「かあさん、今日もがんばって体操してくるよ」と言って出かける。最近は体調もすこぶる好調だし、体操終えた後の散歩、大阪城一周も元気に続けている。ラジオ体操がこんなに楽しく、気持のよいものか、よく分かって来た。ラジオ体操がスタートして九十年とか、長い年月、日本中の人達に体操を広めてきた多くの人達に感謝の気持を忘れず、これからも残りの人生、そう長くはないと思うが楽しんでいきたいと思う。

 最近、ふっと思うのだが、若い頃、会う度に聞いたあの父の言葉は、父の遺言だったのか?あの悲しい時期に体操にめぐり会ったのも、父が導いてくれたのか?と思うと、五十年程前に別れた父が急に懐かしく思い出される日々だ。

 若き日に 父が語った 素晴らしき

 ラジオ体操 老いて楽しむ