ラジオ体操の沿革

ラジオ体操の沿革

国民保険体操

1927年(昭和2年)、逓信省簡易保険局において天皇陛下御即位の大礼にちなむ記念事業が検討され、1928年(昭和3年)に逓信省簡易保険局によって11種類の国民保険体操として制定されました。

2018年の今年は、「ラジオ体操」が誕生して90周年を迎えます。

さて少し歴史を遡ると、簡易保険事業が創設された大正5年当時の多くの国民は、民間の生命保険の恩恵を受けることは殆どなく、国民病と言われた肺結核や伝染病により国民の生活基盤は常に危険にさらされ、平均寿命は男女とも40歳代という状況でした。
こうした社会環境の中、国民の健康状態を改善し、経済生活の安定と福祉の増進を図ることを目的として、簡易保険事業が創設されました。

国民の健康づくりを事業の使命として、事業創設の目的である国民の健康維持・増進を図り、事業の経営基盤を強化するために、さまざまな施策が実施されています。

ラジオ体操を考案する際の根本方針として次の3つが決められました

  • 老若男女を問わずだれでも、どこでもできるもの
  • リズムに合わせて愉快にできるもの
  • 器械を用いないで、簡単にできるもの

この方針に基づいて11種類の国民保険体操が完成し、昭和3年11月1日朝7時から放送され、ラジオ体操の歴史の幕が開けられました。

昭和3年ラジオ体操第1制定されて以来、青壮年向けのラジオ体操第2が1932年(昭和7年)に制定され、1939年(昭和14年)に国民の体力向上と国民精神の作興(さっこう)をはかる目的で、ラジオ体操第3が制定されました。

敗戦によって、ラジオ体操もGHQの干渉を受けることになりました。

新・ラジオ体操

戦後の混乱期を脱した1951年(昭和26年)5月に新ラジオ体操第1が制定されました。
この新・ラジオ体操作成にあたって基本方針は次の3点です。

  • 簡単、容易でだれでもできるもの
  • どこでもすぐやれるもの
  • 調子が良くて、気持ちがよいもの

ラジオ体操の原点は、”いつでも”、”どこでも”、”だれでも” です。

そして新ラジオ体操第2は、翌1952年(昭和27年)6月に制定され、以降の沿革を簡単に記します。

  • 1953年(昭和28年)から夏季巡回ラジオ体操が開催されるようになりました。
  • 1956年(昭和31年)にラジオ体操の歌が作られました。
  • 1962年(昭和37年)には全国ラジオ体操連盟が結成され、体操祭として1000万人のラジオ体操が開催されるようになりました。
  • 1978年(昭和53年)からは特別巡回ラジオ体操が開催れるようになりました。
  • 2005年(平成17年)には公認指導者資格認定制度が創設されました。
  • 2018年(平成30年)には第57回ラジオ体操祭が岡山県倉敷市で開催されました。

大きな流れとしては、1951年(昭和26年)から1年ごとにラジオ体操第1→第2→夏季巡回と実施され→それから3年後に藤山一郎の歌ができ→さらに6年後に連盟+1000万人の体操祭→さらに16年後に特別巡回→平成17年に公認指導者資格と覚える!

昭和の年号に+25すると西暦の下二桁になります。→昭和26年+25=51→1951年
平成の年号に+88すると西暦の下二桁になります。→平成17年+88=105→2005年

みんなの体操

国連の「国際高齢者年」である平成11年度に、ユニバーサルデザインの考え方を取り入れ、年齢(高齢)・性別(全ての人)・障害の有無に関わりなく全ての世代の人を対象にみんなの体操が制定されました。
このみんなの体操の基本的な考え方のうち主なものは以下の4点です。

  • 全身をバランスよく
  • 急に強い刺激を与えない
  • 日頃使用しない部所を動かす
  • 多少の運動負荷を与える

現在では、かんぽ生命、NHK及び全国ラジオ体操連盟(昭和37年設立)が共同して、ラジオ体操の普及に当たっています。

ラジオ体操とみんなの体操の比較

区分 目的 対象 内容
ラジオ体操第1・第2 国民の健康保持・増進 第1:一般家庭(昭和26年制定)
第2:青・壮年層(職場向け)(昭和27年制定)
躍動感がありハード
テンポが早い(3分15秒程度)
みんなの体操 高齢化社会に備えた国民の健康保持 高齢者・障害者を含む国民全体 過度の運動負荷がかからない
座ってもできる
ゆっくりしたテンポ(4分28秒)